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1対1の関係性が大切。家に遊びに来た感覚でいらっしゃい!

愛知県東郷町立兵庫児童館の髙阪 麻子(こうさか あさこ)は、日々工夫しながら子どもたちとの「1対1」の関係を大切にしています。利用者数の多い大型児童館での長年の経験があったからこそ、地域密着の小型児童館での子どもとの向き合い方について、あらためてたくさんの気づきがあったと髙阪は語ります。



大型から小型の児童館へ。今は、目の前のたった1人の子どもの「おもしろい」が嬉しい


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▲髙阪が考案した「忍じゃるツアー」の様子。忍者になりきって自然を観察し自然の音に耳を傾けると、たくさんの発見がある



かつて教員をめざしていた髙阪が児童館の仕事に就いたきっかけは、学生時代のボランティア活動にありました。


ー「当時子どもの遊びを新たに考案して本を出版したり、全国各地へ遊びを伝えたりする活動をしている方がいらして、ボランティアとして私も参加しました。100人以上の親子が参加するイベント形式の活動で、子どもたちが息をのんで真剣に耳を傾けたり、パッと笑顔になったりする様子がとても心に残りました。

子どもたちと関われる仕事は、学校以外にもあるのだと気がついて。そのボランティアのご縁で、大型児童館である『愛知県立児童総合センター』の児童厚生員としてセンターの立ち上げに関わることになりました」


児童総合センターで髙阪が担当した主な仕事は、「遊びの調査と開発」。子どもたちにはどんな遊びが必要なのか調査を行ったり、新しい遊びを考えて伝えたりするのが仕事でした。大型児童館である児童総合センターには、ピーク時は1日に1万人を超える子どもや大人が訪れます。100人以上の親子を前に、自身が考えたストーリーに沿って遊びを伝え、それを楽しんでいる様子を目にするなど、その場の反応に合わせて子どもたちと遊びをつくっていく感覚がとても楽しく、やりがいがあったと言います。


約20年間大型児童館で勤務した後、髙阪は「東郷町立兵庫児童館」に赴任しました。赴任当初は小型児童館と大型児童館での子どもとの関わり方の違いに戸惑い、悩んだこともあったと話します。


「大型児童館では100人以上の子どもを前に話をしてきましたが、小型児童館に来てから、たった十数人の子どもが私の話を聞いてくれなくて。その上、今まで大勢に楽しんでもらった遊びをやっても、子どもたちには『おもしろくな〜い!』と言われる始末。

20年間大型児童館に勤めてきたプライドもありましたし、とてもショックでした。『どうしてうまくいかないんだろう』と悩みながら子どもと接するうちに、大型と小型の児童館では、子どもとの距離感が違うことがだんだんわかっていきました」


小型児童館では子ども一人ひとりの発言が聞こえてきたり、表情をうかがえたりします。その声を拾いながら一緒に遊びをつくり上げ、楽しんでいくことが今の自分の役目だと思えるようになったと語る髙阪。


「大型の児童館で、たくさんの子どもたちが遊びを楽しんでくれる時間はとても嬉しかったし、私の一生の財産です。今は、目の前の1人の子どもが『おもしろい!』って目を輝かせてくれるのが何よりも嬉しい瞬間。どちらの喜びも経験できることは本当にありがたいと感じています」



いつでも「心のばんそうこう」を貼ってあげられる、子どもが安心できる存在でありたい


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▲子どもたち一人ひとりに「いらっしゃい!」と声をかけてお出迎え


小型児童館への赴任を経て、子どもとの向き合い方が大きく変わったと言う髙阪。大型児童館では、自分の考えやアイデアを発信するのが主だったのに対し、今では子どもの話や想いを受け止め、アイデアを引き出すことを大切にしています。


兵庫児童館の館長としての仕事に加え、大学生や全国の児童館職員への講師活動など忙しく日々を送る髙阪。時間が限られている中でも、子どもの声を受け止めるためにいくつか工夫していることがあります。


一つめは、来館した子ども全員に声をかけること。来館した子どもに、「こんにちは」ではなく、あえて家に遊びにきてもらった時のように「いらっしゃい!」と声をかけます。


「事務室に引っ込んでいて、『なあんだ、館長いたのか』と子どもに思われるのも悲しくなってしまうので(笑)。まずは来館してくれた子全員に声をかけるようにしています。元気な返事がある子もいれば、中には『ん』とだけ手を挙げて応えてくれる子もいます。

そのひと言の中にも、多様な表情があるんです。今日は元気そうだな、とか、悲しいことがあったのかな?とか。たったひと言のコミュニケーションですが、私にとっては最高のお返事です。子どもの声を拾う、大切な機会になっています」


二つめは、「心のばんそうこう」を貼ってあげられる存在でいること。児童館で過ごす子どもたちのけがは、ぶつけたり、擦りむいたり、すぐに治ってしまうことがほとんどですが、髙阪は必ず子どもの心の痛みに共感することを大切にしています。


ー「私が普段仕事をしている事務室の前には、保健室にあるような椅子が置いてあります。うちの児童館では、子どもにけががあった時、血が出たらばんそうこう、ぶつけたら保冷剤を使います。大した治療はできないのですが、児童館で起こるけがのほとんどは、傷の痛みではなくて、心の痛みなんです。

『痛かったよね〜、涙が出ちゃうよね〜』とまず共感してから、『ばんそうこう貼る?』と尋ねます。ばんそうこうを貼ってあげたら、泣きべそをかいていた子どもが、『ありがとう!』と、急に元気になって走って遊びに戻ることもたくさんあります(笑)。

子どもたちと一緒に走り回って遊ぶことはなかなかできないけれど、困ったり、落ち込んだりした時に共感して、心のばんそうこうを貼ってあげられる。そんな存在でいることが今の私の役割だと思っています」


事務作業をしていると、「遊ぼうよ!」と子どもたちが一生懸命声をかけてくることも。子どもが懸命にコミュニケーションをとろうとしてくれていたら、全力で応えるのが髙阪の向き合い方です。約束の時間になったら、館長としての事務仕事をいったん切り上げて、子どもたちのところに向かいます。近い距離にいて、子どもの想いと、自身がそれに応えたいという想いが合致した瞬間がとても楽しいと髙阪は語ります。



寄り添う=積極的にサポートすることではない。大切なのは「待つ」姿勢


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▲中高生世代もふらりと来たり、涼みに来たり、さまざまな過ごし方ができるのが児童館の魅力(写真左が髙阪)


ー「『子どもは元気に仲良く走り回って遊ぶもの』とイメージしがちですが、児童館の中には、静かに一人で遊ぶ子や、何もせずボーッとするのを楽しむ子もいます。子どもの多様な個性の分だけ、多様な来館目的があるんです。児童館は、その目的をかなえられる日常の場所でありたいと思っています」 


児童館の魅力は、好きな時に来て、好きな過ごし方ができること。たとえば、小学生と中高生では児童館での過ごし方や楽しみ方が違います。そこで、兵庫児童館では中高生のためだけの時間や空間を設け、一緒に会話を楽しんだり、勉強したりできる機会をつくっています。


一度利用した中高生が友達を連れてきたり、以前利用していた子がふらりと久々に顔を出したりと、少しずつ利用者の輪も拡大。困った時や本当につらくて苦しい時、「児童館があった」と思い出してもらえるような中高生との関わりも今後さらに深めていきたいと髙阪は話します。兵庫児童館ではその取り組みの一環として、今苦しくなっている子へのメッセージ「#じどうかんもあるよ」を、全国各地の児童館と共に情報発信しています。 


そして、児童館という場が役割を果たすためには、児童館職員の存在が欠かせません。そんな児童館職員にとって大切なことは、子どもが行動を起こすのを「待つ」姿勢です。小型児童館で、子どもと1対1で向き合うようになり、髙阪はあらためてその大切さを実感したと言います。 


「『寄り添う』ことの本質は、『そばにいて、倒れそうになったら支える』ことだと思います。失敗って怖いですよね。最近は、失敗したくないからチャレンジしたくない、という子が多くて。それはとてももったいないと思います。児童館では、子どもたちが自分なりにベストを尽くして、失敗、発見、成長を重ねてほしいと願っています。子どもたちの様子を見ているとハラハラして、つい口出ししたくなりますが(笑)。

そこはグッとこらえて、子どもがチャレンジするのを待つことにしています。もし失敗してしまったら、一緒に落ち込んだり、励ましたりして次のアクションに導くのが大人の役割だと思います」


2023年、こども家庭庁が発足し、「こどもまんなか社会」実現のため、取り組みは加速しています。髙阪は、子どもを待ち、寄り添える大人が児童館同様、社会にも増えていくと嬉しいと話します。また、子どもの声を拾うための意識の変革も必要です。


ー「声を『きく』という表現には2種類ありますよね。意識して耳を傾ける『聴く』と、自然と耳に入ってくる『聞く』。私たちは児童館で『聴く』ことをいつも大事にしてきました。

ですが、これからは、当たり前のように子どもの声を、シャワーを浴びるように『聞く』ことができて、それを当たり前のように発信する社会になっていく必要があるのかなと。そんな大人でいられるよう、子どものそばにいながら私なりの取り組みを続けていきたいですね」



大人が楽しむ姿には、子どもを幸せにする力がある


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▲大人の楽しい気持ちは子どもたちにも伝わる。いつも笑顔を絶やさず寄り添う


小型児童館に移って6年目を迎える髙阪。まだまだ成長段階であり、子どもとの向き合い方に悩むこともありますが、全国の児童職員とのつながりが大きな支えになっています。場所は違ってもめざしている未来が一緒だからこそ、同じ悩みを共有することで励まされたり、時には自身では思いつかなかったアドバイスをもらえたりすると語ります。


ー「児童館の仕事はもちろん本当に楽しいのですが、つらい時や悩むこともたくさんあります。だからこそ、想いを共有できる仲間がいるだけで安心しますね。それから、館長は各児童館に一人だけですが、全国にはたくさんの館長仲間がいます。館長の立場としての悩みや話を聞けるのも大切なネットワークのおかげです。

今後は、児童館職員だけでなく、保育士さん、学校の先生、小児科の先生など、子どもに関わる人たちのネットワークを強化して、気軽に情報交換や相談ができる環境をつくれたらすてきだなと考えています」


忙しい中でも笑顔を絶やさず、前向きに子どもと向き合い、自身も楽しみ続ける髙阪。そこには、印象的なエピソードが影響しています。


ー「『大人が楽しいと、子どもは嬉しい』という言葉を胸に、仕事に取り組んでいます。以前、水鉄砲遊びを児童館で企画した際、子どもとお父さんが一緒に参加してくれたんです。お父さんは数十人の子どもに混じって、集中攻撃に遭い、全身びしょ濡れになりながらも、本当に楽しそうな様子でした。子どもたちは大人と全力で遊べて、本当に嬉しそうでした。

さらに、その様子を見たお母さんは、『あんなに楽しそうな夫の顔を久しぶりに見ました!』と、とても喜んでくださって。子どもが楽しむ姿が大人を幸せな気持ちにするのと同様、大人が全力で楽しむ姿は子どもや周りの人を幸せにする力があるのだ、と私も幸せな気持ちになりました。

だからこそ、『本当に私が楽しいと思ったことを子どもと共有する』を大切に、毎日取り組んでいます。そのためには私が心も体も元気でいることが大事。楽しみながら児童館の仕事に関わる方が増えることを、これからも願っています」



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※全国各地の児童館職員のストーリーは「talentbook」でもご覧いただけます。
 児童健全育成指導士等上位資格取得者、児童健全育成賞(數納賞)入賞者、児童館推進団体役員、   
 または被推薦者等から、地域性を考慮して選出された方をご紹介しています。

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