5年間の認知症理解への取り組み内容
目次
児童健全育成に関する優れた実践報告に対し、褒章を行う児童健全育成賞(數納賞)。平成29年度受賞実践論文から、京都市明徳児童館 館長 西尾久美さんの取り組みをご紹介します。
明徳児童館は、京都市左京区の岩倉地域に2010年に開館しました。運営主体は高齢者福祉事業を主とする法人で、別法人の岩倉地域包括支援センターと連携し、子どもを対象とした認知症理解への取り組みを行ってきました。以下、その5年間の実践の概要を報告します。
岩倉地域包括支援センター(以下センター)と左京区介護予防推進センターが実施する在宅高齢者対象「転倒予防体操」の実施に、児童館の児童クラブ専用室を午前中に会場として提供しています。転倒予防体操後に、高齢者と乳幼児親子が交流する分間の「ふれあい体操」を行い、日常的な異世代交流が生まれました。
そうした連携を深めていくなかで、「子どもが地域社会で力を発揮し、自分が社会で役立っている、必要とされていると感じて育ってほしい。そのために児童館は何ができるだろうか」と思い巡らせていました。そこから生まれたのが、小学生を対象とした「認知症あんしんサポーター講座&地域探検(サポーター養成講座と捜索声かけ訓練)」でした。
児童館で「認知症サポーター養成講座」
2013年夏に、小学生対象の「認知症サポーター養成講座」を実施した数日後、ある保護者から「娘が講座に参加し、祖母(認知症)を理解できるようになり、関わり方が変わった。祖母の介護スタッフと娘が、児童館で会ったからと顔見知りになって、道で出会った高齢者の方とも、『児童館に来はる人や』と挨拶を交わしている。娘が児童館で地域の方と関わりをもてていることに感謝している」との話を聞きました。この言葉に背を押され、「捜索・声かけ」実施に向けた具体的な検討に入りました。
子どもによる「捜索・声かけ訓練」の発想
以前私は、センターが実施した「徘徊模擬訓練」に参加した経験がありました。これは、行方不明の認知症高齢者を捜索、発見したら声かけする訓練です。この体験から、「地域を歩いて道に迷った高齢者を捜し出すのは、子どもたちにとっては、絵本『ウォーリーをさがせ!』のように楽しい活動になる」と思ったのです。子どもたちは、大人が通らない通路や空間をよく知っていますから、捜索の戦力になると同時に、子どもが地域社会の一員として持てる力を発揮できると考えました。
そこで、捜索・声かけ訓練をやりたいとセンターに伝えました。子どもが認知症について知ることは、社会にはさまざまな困難がありながら生活する人がいることを知る糸口になります。行方不明の人を捜し、声をかけることは、具体的に「自分に何ができるか」を考え実践する機会となり、知識として学び実践することにより認知症への理解が深まります。
この活動を子どもたちが「楽しい」「おもしろい」「またやりたい」と感じて取り組めるものにしたいと考え、具体的な企画を考えました。
「認知症あんしんサポーター講座&地域探検」の実施
2014年には、「認知症の理解」、「捜索・声かけ訓練」と1日2本立てのプログラムとしました。安全確保のため、児童館職員とセンター職員が各コースに分散して安全確認を行い、警察にもミニパトカーでの巡回を依頼しました。
子どもたちが小グループで地域を歩くには、児童の引率のほか、交通安全要員、認知症高齢者役、家族役など多数のスタッフが必要になります。そのため、地域の各団体に呼びかけ、企画への思いを伝えたところ、「高齢化社会に向け、社会全体で取り組むべきことを児童館がやろうとしている」との声があがり、協力いただけることになりました。
6月の小学校参観代休日に実施。午前中に子どもたちは「認知症サポーター養成講座」を受け、認知症高齢者への声かけの配慮を学びました。午後は4~6人の異年齢児混合グループに分かれ地図を持ち、地域に繰り出しました。地図の見方など、地域ボランティアに助言をもらいながらコースを歩き、「子ども110番の家」や「高齢者にやさしい店」を見つけては地図にシールを貼ります。それと同時に迷っている認知症高齢者役を捜します。発見し、声をかけたところで、家族役が現れます。「お母さん、どこ行ったかと思った、ここに居たん。あんたたちが見つけてくれたんやね、ありがとう!」と、お礼に飴をもらい、また次のコースへチャレンジ。山間のアップダウンの多い地域ですが、子どもたちは蒸し暑さをものともせず、地域を歩き回りました。
ふりかえりでは、地域ボランティアから「子どもたちが一生懸命に取り組む姿に胸を打たれた」「あなたたちがいてくれたら、私たちは年老いても安心してこの岩倉で暮らしていける」「子どもたちを頼もしく感じた」などの感想が述べられました。
岩倉の歴史探検を加えて取り組む
2015年の企画の際は、センターから「子どもたちの歩調について歩くのは、年配の地域ボランティアには体力的に厳しかった。学生ボランティアにしてはどうか」との提案がありました。児童館としては、従来通りの地域ボランティアを選びました。その背景には、地域に暮らす人たちが、地域の子どもたちを「愛おしい」と感じて見守ってくださり、子どもたちが地域の人に愛されて育ったと実感することで、自分たちが「地域の方々を支えていこう」と思うようになってほしい、という思いがあるのです。
そこで、プログラムを半日に再編し、地域ボランティアの負担を軽減しました。「認知症サポーター養成講座」の内容は簡略化し、捜索訓練の動線を整理して移動のロスを減らしました。また、地域の歴史を知る活動を加え、「岩倉」のいわれの場所を捜索コースに設定しました。歴史探検レクチャーは、センターの歴史愛好家の看護師に依頼しました。
ふりかえりでは、子どもからは「認知症は脳の病気だとわかりました。私は認知症の人も住みやすい町にしたい(4年生)」との感想が書かれており、地域の方々と交流し、認知症について理解を深め、どんな町にしたいかを考えていました。2016年は、過去に経験のある4年生以上は、引率なしで行動できるよう、安全面に配慮して捜索のコースを設定しました。また高学年向きに、認知症高齢者役の方がコースを行き来しているのを捜し出すように、捜索の難易度を上げました。
地域探検のオリエンテーションは、前年同様、歴史好きの看護師さん。ゆかいなおしゃべりで、子どもたちのやる気を引き出していただきました。低学年の子どもたちは、地域ボランティアとの会話を楽しみながら、高学年は自分たちで地図を頼りに、捜索訓練に取り組みました。地域ボランティアの協力も定着し、小学校PTAや学童クラブ保護者会などの保護者の協力も増えました。
「認知症理解」から「老いの理解」へ
2017年は、センター長から「認知症を含めた老いを広くとらえ、高齢者体験に取り組んでみては」との提案がありました。そこで、「高齢者子どもサポータ ー講座」として、車いす体験、薬の仕分け体験、高齢者疑似体験、認知症ミニ講座の4コーナーを展開することになりました。ス タッフは、子育て世代である放課後児童クラブ保護者会をはじめ、小学校PTAの協力人数が増えたことで、親子での参加が増えました。こうして、多世代が交流し、子育て世代への啓発の機会にもなり、関わる人の輪も広がりました。
高齢者疑似体験に参加した子どもたちの反応は、目が見えず、膝が曲がらず、体が思うように動かないもどかしさを体験して、老いの辛さを感じたようです。認知症についても、特に高学年は何度も繰り返し学んできたことで、思いやりが深まっているように感じました。
今後の取り組み
子どもたちが、地域社会でその持てる力を発揮し、地域住民の一員として主体的に生活するきっかけとなるよう、今後も継続して取り組みたいと考えています。これまで続けて参加し経験を重ねてきた高学年が、企画・運営に関わるなど、子どもたちの主体的な活動となるよう工夫を重ねていきたいと思います。
「認知症の理解と支援」というテーマに子どもたちが取り組むことで、子どもを中心に幅広い世代の関わりが生まれました。開館から7年半をふりかえり、私の地域福祉促進活動のイメージが変化してきたことに気づきました。以前は、地域住民に子どもが守られ育てられて、子どもが受身でいるイメージが強かったのですが、今は子どもや子育て世代が積極的に地域社会に関わっていく、子ども主体のイメージが強くなりました。
地域社会の身近な課題に対し、子どもたちが「楽しい」「おもしろい」と感じ、積極的に取り組めるような「しかけ」を考え実践し、子どもが「自分たちの力で社会を変えていける」と感じながら育つことを願っています。
出典:じどうかん2018夏号