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子どもの声を聴く、児童館の日常はソーシャルワークそのもの

京都市にある「たかつかさ児童館」の館長を務める溝口 晋太朗(みぞぐち しんたろう)は、福祉・医療に関する相談援助の専門家「社会福祉士」の資格を活かし、児童館の中だけにとどまらず、外にも目を向けたさまざまな活動を行ってきました。ソーシャルワークの視点から、活動に込めた熱い想いについて溝口が語ります。



この地域で育った自分だからこそ、できる支援がある


64251583-bc757e36▲京都市にある「たかつかさ児童館」館長の溝口 晋太朗 (写真左)


ー溝口 「館長の仕事は、事務仕事も多く時間をつくるのに少々苦労はしますが、目の前の子どもと遊ぶ時間を大切にしたいので、なるべく現場にいるようにしています。他の職員には『何か行動をするときには必ず自分の気持ちを大切に』と繰り返し伝えているのに、館長である自分ができていないのではダメだと思って」


たかつかさ児童館館長の溝口は、大学を卒業後、同児童館で勤務を始めてから今年(2023年)で12年目を迎えました。 京都生まれ、京都育ち。4人兄弟の兄として、下の子の面倒を見る機会も多かった経験から、いつしか福祉の仕事に就きたいと考えていた溝口。大学では社会福祉学部に所属、卒業後に社会福祉士の資格を取得。在学中には、障がい児施設や高齢者施設など数々の福祉機関でのボランティアに参加します。


その中で特に自分に合っていると感じたのが、児童館の仕事でした。乳幼児から高校生まで、幅広い年代の子どもだけでなく、保護者とも関わることができて、多様な世代の支援に携われるところに魅力を感じ、就職を決心します。


ー溝口 「就職先を考えていたころ、『たかつかさ児童館の募集があるから受けてみないか』と声をかけてもらいまして。実は、たかつかさ児童館は私の実家の隣の学区に位置する児童館なんです。場所もよく知っていたし、私が卒業した小学校・中学校・高校に通っている児童も利用しています。

今の仕事に就くことができたのは、本当に『縁』のおかげ。自分が育った地域の子どもを支援できる喜びもあるし、この地に生まれ育った自分だからこそできる支援があると感じています」


 


中・高校生世代へ多様な機会を提供、放課後を生き抜く居場所をつくる


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▲「卒館式」での高校3年生とそれをあたたかく見守る年下世代のメンバー、中高生担当の溝口より卒館証書を授与しました


自身も乳幼児のころから、児童館を利用していたと言う溝口が就職して最も驚いたことは、児童館を訪れる中学生・高校生(以下、中高生)の多さでした。たかつかさ児童館は、通常の開館時間を越えて20時まで運営する「夜間開館」など、中高生の児童館利用に向けた取り組みに長年注力しており、多くの中高生が訪れるのも特徴の一つです。


ー溝口 「この中高生たちとどう関わるのかが、就職して初めて感じた課題でした。大学時代に小学生と関わった経験はあっても、中高生と関わったことはなく、どうしたらいいのかわからずに、遊んでいるのをただ見ているだけになってしまうことも多々ありました」


もっと積極的に中高生に関わりたいと考えた溝口。話せなくてもいいから、とにかく中高生の目に入る場所にいるようにし、勤務時間内外に関わらず調理・和太鼓・ダンス体験プログラムなど中高生の活動に積極的に参加することにしました。


ー溝口 「どれも自分の担当ではない活動ばかりだったので、中高生に教えてもらっていると次第に会話が生まれていきました。そうしているうちに、自分が失敗したときに、冗談を言われるようになるまで距離を縮めることができました。一方的に中高生に壁を感じていたのは、自分だったのだと気づいたんです」


就職3年目には、溝口は中高生の担当として、児童館の活動をさらに充実させていきます。多様な人やものにもっと触れてほしいという想いから、体験プログラムに地域の方を招いて、NPOと交流を行う食文化体験や、地域の大学生を講師にした民舞の体験などを企画しました。

多世代の人々と交流する経験に感化されたことで、参加した子どもたちが調理師を志したり、ダンス部に入部したりする様子も見受けられ、児童館での活動によって、自身の人生を切り拓く力を身につけていく子どもたちの様子に、胸が熱くなったと溝口は語ります。


ー溝口 「たかつかさ児童館では『卒館式』と称して、児童館を卒業する子どもたちを送り出すイベントを行っています。一人ひとりに合わせた内容で卒館証書をつくり、下の世代の子たちも参加して感動的なのですが、『また来るんやろ?』という雰囲気で、卒館する方も送り出す方も案外さっぱりしています(笑)。

実際に大人になって顔を見せに来て、児童館の子と遊んで帰る子もいますね。児童館はいつでも戻ってくることができる場所。そんな安心感を子どもたちなりに抱いてくれているのかもしれません」


 


児童館外にも目を向けて、ソーシャルワークの視点で地域と向き合う


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▲児童館がない隣接学区での子育てサロンにも出張。親子と地域住民の橋渡しや活動を支援する人を地域の方に紹介する役を担います


児童館で勤務し始め5年ほど経ち、中高生担当を含め、一通りの主担当業務を経験した溝口は、社会福祉士ならではの視点をもっと活かして児童館運営に関わりたいと考えるようになります。


社会福祉士の援助技術「ソーシャルワーク」では、地域の多様な機関と連携して福祉課題の解決をめざすことが求められます。児童館の中を見ているだけでは、真に地域の課題を解決することはできず、もっと児童館の外にも目を向けていかなければならないと感じたと言う溝口。地域住民が運営する子育てサロンや、児童館のない学区に自ら出向き、遊びのサポートなどを行うとともに、地域に出ていくと住民の困りごとに新たに気づくこともできました。


ー溝口 「地域に出て行って良かったと思うことは、職員の顔を知ってもらい、声をかけてもらえるようになったこと。職員全員で地域の取り組みに関わっているので、道で地域の方から声をかけてもらったり、電話をもらったりしています」


2019年、溝口がたかつかさ児童館の館長に就任して2年目のこと、新型コロナウイルス感染症の影響で児童館が臨時休館せざるをえなかったときも、地域で育んできたつながりが役立ったと言います。


ー溝口 「『児童館があって良かった!』『児童館だけが頼り!』と利用者から言われるたび、嬉しい反面、もし児童館がなくなったらどうなってしまうのか不安に感じていました。

児童館がやむなく臨時休館する状況になり、その不安が現実化してしまいました。休校になり、子どもたちが不安を抱えているのに、何もできない歯痒さを感じていたら、児童館に地域の方々から電話がかかってきたんです」


電話の中身は「児童館は今どうしてるの?」と気にかけるものから「今度地域でこんなことを行う」という情報共有まで。その情報の中から児童館で行えるサポートを考え、子ども食堂の広報支援を行ったり、ときには児童館側から働きかけたり、保健所と一緒に子育て相談会を地域で開催することも。

休館こそしていたものの、地域とのやりとりの中で、児童館にもやれることがたくさんあると気づき、コロナ禍で地域との連携はより深まっていきました。


 


地域主体で子育ての受け皿をつくる、児童館はそのサポーターに


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▲乳幼児クラブでのふれあい遊びの様子。地域へ出ていく活動の中でたくさんの親子との触れ合いが生まれ、児童館職員として育つことができました


ー溝口 「コロナ禍を経験するまでは、『児童館が解決しなきゃ!』との想いが強かったときもありましたが、関係者が主体で動く活動を児童館が支援できるのが理想のあり方だと気づきました。『児童館だけが頼り!』と言われるより『地域に子育ての受け皿がたくさんあって良かった!』と言ってもらえる方がずっと嬉しいです」


今では、たかつかさ児童館の利用者が、他の児童館や子育てサロンを利用する姿も見られるようになり、少しずつ、溝口さんのめざす未来は実現しています。


ー溝口 「今後、児童館の仕事にソーシャルワークの視点がますます必要になると言われています。ソーシャルワークと聞くと、難しく捉えられがちですが、決してそんなことはありません。

たとえば、子どもと一緒に泥団子づくりをする、これも立派なソーシャルワークです。泥団子って意外とつくるのが大変で、時間がかかります。一緒につくっているうちに子どもから『今日学校でこんなことがあってね……』と悩みを話し始めます。その悩みを受け止めて、アクションを起こしていく。

実は、ソーシャルワークの始まりは『目の前の子どもと全力で遊ぶこと』で、どの児童館も当たり前にやっていることなんです。子どもに向き合うことの積み重ねが社会課題の解決に結びつき役立っている、という児童館の持つ力に一人ひとりが気づき意識を向けていけたら、より良い社会に結びつくと考えています」


児童館におけるソーシャルワークの視点について言語化し、わかりやすく伝えていきたいと語る溝口さんに、今後力を入れたいことについて聞いてみました。


ー溝口 「先日、卒館した子が24歳になって、転勤するからと大好きだった将棋盤を館に寄贈してくれました。このように利用者だった子がさまざまな形で児童館をサポートしてくれている姿もあって、中高生の夜間開館活動も歴代のスタッフは児童館のOB・OGの子が担っています。

このように利用者が支援者になるサイクルが生まれたことでたかつかさ児童館は子どもの居場所づくりをこれまで継続できたと感じています。私も今までたくさんの方に導かれてきたので、今後は誰かを導く側にまわりたいですね。

児童館は、人を大切にする人が集まる場所ですから。京都、そして、全国の児童館関係者のつながりをさらに深めて、児童館の仕事に就きたいと考えている方が安心して飛び込める業界にしたいと思います」


 


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※全国各地の児童館職員のストーリーは「talentbook」でもご覧いただけます。
 児童健全育成指導士等上位資格取得者、児童健全育成賞(數納賞)入賞者、児童館推進団体役員、   
 または被推薦者等から、地域性を考慮して選出された方をご紹介しています。

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