法律は、一人ひとりを守るもの 児童館は、「ここにいる」を守る場所
東京都豊島区の児童厚生施設「中高生センタージャンプ」(以下、ジャンプ)へ月1回定期訪問し、遊び、語り合う中で、弁護士として相談を受け続ける山下敏雅さん。子どもを守る弁護士になろうと思ったきっかけや、現代を生きる子どもたちへの想いをうかがいました。
(※本インタビューは情報誌「じどうかん」2024春号に掲載されています)
大人になっても子どもの味方でいたい
弁護士になりたいと思ったのは小学5年生頃の「先生との関係」がきっかけです。自分でいうのもなんですが、「勉強好きのへ理屈こね蔵」というか、大人から見て生意気だったのだと思います。「山下くんみたいに勉強ができるからといって、人として正しいわけじゃない」とクラスみんなの前で言われるのはとてもつらく、学校に行きたくないと思い詰めていました。
私の居場所は、図書館でした。いろんな本にふれる中で、学校で嫌な思いをしているのは自分だけじゃないこと、日本国憲法では「尊重されること」「教育を受ける権利があること」「差別されないこと」が守られていることを知りました。そうして自分は子どもの味方でいる大人になりたい、法律で子どもを守る弁護士という仕事に就きたいと思うようになったんです。
平成18年、「豊島区子どもの権利に関する条例」ができ、平成22年に子どもの権利擁護委員に任命されました。最初は虐待や不適切養育を扱う部署に顔を出していましたが、そこで気づいたのが、乳幼児と小学生のケースがほとんどで、中高生の案件があまりに少なかったことでした。経験から「こんなに少ないはずがない」と感じ、「現場へ行かせてください」とお願いしたんです。
ブログや本で綴った相談内容と回答は、ほとんどがそうしてできた内容です。「親から殴られる」「友だちに貸したお金が返ってこない」「妊娠した・させた」などさまざまです。定期訪問のいいところは、相談したい子が足を運んでくれることです。でも、自ら来てくれる子ばかりじゃない。まずは一緒に遊び、子どもたちの雑談に混ぜてもらいます。そうやって、顔見知りの大人として受け入れられてようやく、「実はさ……」と話してもらえることが多いです。
ジャンプに「麻雀部」が誕生!
▲ジャンプ長崎に訪問する山下弁護士
ジャンプに来る高校生から「麻雀部を立ち上げたい」という話があり、応援する職員もいましたが、ほかの職員の一人からは「未成年者の麻雀店の出入りは禁止されているのに、公立の施設で認めていいの?」という意見が出たんです。
子どもたちと職員たちで話し合いを持つことになり、私も弁護士の立場から助言しました。議論の場で子どもたちは、麻雀は駄目だとされる理由が「賭博につながるから」とした上で、①賭博が問題であって、麻雀というゲーム自体に問題はないこと、②麻雀部がある高校が存在し、全国大会も開催されていること、③ゲーム会社の麻雀ソフトに年齢制限がないこと、を資料にまとめてきたんです。
そうした声に耳を傾けた結果、「部員は高校生以上とする」などのルールを設けて麻雀部を運用しようということになりました。しっかり主張と立証を重ねた弁護士のような子どもたち、子どもの意思を尊重し丁寧に対話を重ねた大人に、私はとても感動しました。
子どもの声を聞くのと、御用聞きになるのは違います。「子どもの意見表明権」について講演で話すと「子どもの言ったとおりに従わなきゃいけないのか」という質問が出ます。もちろん、子どもの最善の利益のために、最終的には大人が子どもの意見と違う判断をしなければならない場面もあります。それでも、単に大人の言うとおりに子どもを従わせるのではなく、きちんと子どもの意見を聞き、理由を説明し、話し合うというプロセスが大切です。ジャンプはこのプロセスを踏んで運営されている施設で、児童館はそれができる場所だと私は思います。
児童館は「人権保障」の最前線
▲坪井節子弁護士の本「お芝居から生まれた子どもシェルター」明石書店 刊
弁護士になりたての頃、子どもの人権保護や子どもシェルター設立に尽力されている坪井節子弁護士の「『あなたは、ひとりぼっちじゃない』というのが、人権の柱の一つ」という言葉にふれました。子どもを守る弁護士になるために頑張ってきたけれど、大学の法学部の授業では、人権についてそのように学んだことは一度もなかったので、衝撃を受けました。
弁護士になり21年目になりますが、「居場所がなく一人になることが、どれだけ危ういか」ということを実感します。人間は、共感し受け止めてくれる場所がないと、孤独になります。孤独になるとSOSを発せられなくなり、生活環境が悪化していくのです。家や学校などの安全な場所に居場所がないと、夜の繁華街やネットなどの危険なコミュニティの中に居場所を見出してしまう。実は大人も同じです。
振り返ってみると、私には図書館という居場所があり、塾の先生や子ども会の保護者など大人たちが話をきいてくれました。私は一人ぼっちじゃなかった。だから、生きてこられたんだと思います。
児童館は「人権保障の最前線」。児童館が居場所となり、子どもたち一人ひとりが大切にされ、意見を聞く。普段、皆さんが当たり前のようにしていることが、子どもの人権保障そのものだと私は思います。
法律を知れば、自分を守る武器にも防具にもなります。地域や児童館によって、立場上の限界はあると思いますが、弁護士としては問題が複雑化する前に、話をうかがうタイミングがとても重要です。弁護士に相談するという気持ちのハードルを下げていただき、深刻化する前に動けるようになればと願っています。
そして、これからも、子どもたちには「法律というルールは、みんなを縛るものじゃなく守るためにあること」「みんなで決めるもので、おかしいと感じたら変えていけるんだよ」と伝えていきたいと思います。
<プロフィール>
やました としまさ
2003年東京弁護士会に弁護士登録。東京弁護士会子どもの人権と少年法に関する特別委員会委員。豊島区子どもの権利擁護委員のほか、東京都・江戸川区・荒川区児童相談所に弁護士として協力。2013年4月よりブログ「どうなってるんだろう? 子どもの法律」を更新中。著書に、『どうなってるんだろう? 子どもの法律』(高文研)のほか、『少年のための少年法入門』(旬報社)、『こども労働法』(日本法令)ほか
こども、子育てなどにまつわる記事を配信しているWebメディア 講談社コクリコ[cocreco]にて、ジャンプの取材記事が掲載されました。児童館と中・高校生世代の居場所に関する記事が前編・後編の2回にわたって紹介されています。記事は下記よりご覧ください。
【実はスゴい】「児童館」に中学生・高校生世代が集まるワケ ゲーム スポーツ バンド活動…
驚きの充実ぶりとは〈こどもの居場所・児童館〉前編
【実はスゴい】「児童館」 中学生・高校生世代の安全な居場所はこんなに進化していた! 弁護士・相談員の支援も〈こどもの居場所・児童館〉後編