
子どもたちが安心できる地域を。東北の児童館長が描く未来
0歳から18歳までの子どもとその保護者のための施設、児童館。NPO法人「子育て応援団ゆうわ」理事長の齋藤 勇介は現在、宮城県名取市の児童館長を務めながら、地域の子育てネットワークづくりに取り組んでいます。幼稚園や介護職を経て児童館に巡り合った齋藤。今どんな社会を目指してこの現場に向き合っているのでしょう。
「知らないからこそ、使命を感じた」児童館という世界
▲吹き抜けから自然光が注ぐ「那智が丘児童センター」
ー齋藤 「僕、高校を卒業したら警察官になろうと思っていたんですよ」ー
2020年現在NPO法人「子育て応援団ゆうわ(以下、ゆうわ)」の理事長であり、宮城県名取市の児童館である「那智が丘児童センター」の館長を務める齋藤は、意外にもこう切り出しました。
子どものころから柔道の世界に身を置き、高校を卒業したら「そのまま警察官に」と考えていた齋藤に、「もう少し遊ぶ時間があってもいいんじゃない?」と言ってくれたのは両親。せっかくなら何か資格を取れる道をと、福祉系の短期大学に通い、保育士・幼稚園教諭・社会福祉主事任用資格等の資格を取りました。
その後幼稚園、保育園、介護施設など幅広い福祉の仕事を経験し、その中でつながった地域の子育てサポートを行う「保育サークルひよこ」と共にNPO法人を立ち上げました。しかしそのころまで、児童館については「まったく未知の領域」だったそう。
ー齋藤 「恥ずかしながら、児童館という存在を目にしたこともなくて。でも、子どもに関わる仕事に就く中で児童館を知ったとき、この施設は理想的だ!と思ったんです。幼稚園も保育園も、卒園したらどうしても関わりが途切れてしまうけれど、児童館なら0歳から18歳という長きにわたって子どもたちと関わり続けられる。これって、あらゆる児童福祉施設の中で児童館にしかない、大きな特徴であり強みだと思うんです」ー
そして一方で、これほど理想的な環境にも関わらず世間にはそこまで知られていない、という事実も、「使命感に火がつくきっかけになりました」と齋藤。
ー齋藤 「子どもたちやその保護者が誰でも無料で来られて、安心して過ごせる。可能性もたくさんあるし、魅力的なのに、世間の印象はかつての私も含めて『学童保育の場所のこと?』というレベル。なんで知られていないんだろう、僕にできることはあるだろうか、って、気がついたら自分事として児童館のことを考えるようになっていました」ー
子どものルールは、子どもが決める
▲どうしたら裏山で安全に遊べるか、子どもたち同士で話し合う
そうしてNPO法人を設立し、その事業の一環として児童館運営を担うようになった齋藤。「未知の領域」だっただけに、最初は手探りの部分も大きかったと話します。
ー齋藤 「僕もそうですが、集まった職員に保育士や幼稚園教諭の経験者が多かったんですね。そうするとどうしても、『こういう力をつけられるように』とか、大人の視点で日々の取り組みを考えてしまいがちなんです。でも、児童館で大切なのは、子どもの自主性、子ども自身から生まれてくる遊びを見守っていくこと。そう意識して、職員たちと関わりを見直していきました」ー
そんな児童館の風土を象徴するのが、定期的に開催されている「子ども会議」。那智が丘児童センターでは、児童館運営に関する懸案事項が出てきたとき、子ども自身に集まってもらい、会議を開催するのだと言います。
ー齋藤 「先日は、裏山の利用をめぐる『子ども会議』がありました。児童館の裏に子どもも入れそうな山があるんですが、今までは『危険だから』と入るのを禁止していたんです。でも、すごく魅力的だからやっぱり子どもたちは行きたい。そこで、会議の開催を呼びかけて、自分たちでどうやったら安全に山で遊べるか、考えてもらうことにしたんです」ー
会議には職員も参加するものの、役割は情報共有とホワイトボードに少々流れを書き込む程度。あくまでも子どもを主体に話していくと、「禁止事項から雨の日の対策まで、私たちもびっくりするくらいの妙案をつくり上げるし、子どもが決めたことだとちゃんと他の子たちも守るようになる」のである──。
ー齋藤 「あるひとりの女の子は、こんなことを言っていましたよ、『私は児童館運営に全部関わろうと思っているわけじゃない、でも山のために参加したんだ』ってね。自分の主張が明確で、すばらしいですよね」ー
子どもが生き生きすると、大人も変わっていく
▲児童館で子どもたちと一緒に身体を動かす齋藤
「子どもを真ん中」にした、のびのびとした児童館運営も評価され、現在「ゆうわ」は名取市にある3つの児童センターを管理運営するほか、小規模保育所の委託事業、次世代育成プログラム「子育て支援者スキルアップセミナー」を行うなど、まさに地域の子育て支援の中核を担う存在に。しかし、児童館の現場で「どこまで子どもに委ねられるか」の葛藤は、今も続いています。
ー齋藤 「小さな擦り傷切り傷をつくりながら、自分自身で生きる力を高めていくことの大切さはわかっている。でも実際に目の前にいる子どもがケガをしたら、職員の責任という問題は当然のしかかってきます。そうした状況の中ではつい、守りに入って規制をするような関わりになってしまうし、その方が楽ということもあるんですよね。だからこそ研修会などを定期的に開催し、自分たちの役割について学び合い、不安を乗り越えていくための糧にしています」ー
この「職員の学び」に加えて欠かせないのが、保護者との共通認識の醸成であり、そのためのコミュニケーション。むしろ児童館の中だけ、職員の中だけで完結させずに、保護者のみならず地域の大人たちと子どもたちへの目線を共有していくことこそ、児童館にとって大切な役割だと齋藤は話します。
ー齋藤 「まずは子どもたちが遊ぶ姿を見てもらうことからですよね。うちはダイナミックに外遊びを許容していて、水遊びも寒くなったら禁止、ではないんです。水が冷たかったらどうするか、冷たいからやめるのか、冷たくても遊ぶのかは子どもたち次第。すると、どうしても服が濡れることもあります。
しかし、そんなときに保護者の方に会ったら、『濡れちゃいました、でもこんな想いで遊んでたみたいです、こういうことって大切ですよね』とか、ひと言添えるようにしているんです。ここで遊んでいる子どもたちが生き生きしている様子を見ると、保護者の皆さんも最初は『汚してる』って思っていても、少しずつ想いが変わっていかれることもあるんです。今では『こういう経験をさせていただけてありがたい』と言っていただける方も増えて。こちらこそ、ありがたいなぁと思っています」ー
「児童館なんていらない」世界のために
▲新米ママ向けに赤ちゃんのマッサージ教室も開催
齋藤が児童館に関わるようになって、もうすぐ10年。今、どのような想いで児童館を見ているのでしょう。その問いには意外にも、「いつかは児童館がなくなるくらいがいいと思っているんです」との答えが。
ー斎藤 「そもそも子育て支援事業を始めたきっかけの中に、この地方でも子育て世帯の孤立を感じたことがあったんです。地域全体が児童館みたいに、頼ったり頼られたり、安心していられる場所になることが一番の理想。そのためにも、今児童館の枠を越えた連携が大切だと思っています」ー
事業の広がりとともに、課題も責任も重なりますが、それでも齋藤はこの環境を「飽きることのない、恵まれた仕事」だと笑顔を見せます。
ー斎藤 「子どもと関わる現場では『許されているなぁ』と感じる瞬間がたくさんあるんです。子どもって優しいんですよね、もし失敗しても笑いに変えてくれたり、こういうところ抜けてるからってサポートしてくれたり。
完璧じゃないからこそ助けてくれる人がたくさんいる、そう思える環境の豊かさを子どもたち自身が教えてくれるからこそ、地域にもそうした関係性を広げていくことが、私たちの役割かもしれません」ー
子育て世帯が安心して暮らせる地域を目指して。斎藤は、今日も子どもたちと一緒に前へと突き進みます。
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児童健全育成指導士等上位資格取得者、児童健全育成賞(數納賞)入賞者、児童館推進団体役員、
または被推薦者等から、地域性を考慮して選出された方をご紹介しています。。