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識者・応援団からのメッセージ

中川志郎さんからのメッセージ

人間も動物の仲間。
動物の子育てから学ぼう

 

中川志郎(なかがわ しろう)さん

1930年茨城県生まれ。
宇都宮農林専門学校獣医科(現宇都 宮大学)を卒業後、1952年、東京都立上野動物園に獣医とし て勤務。ロンドン動物学協会研修留学ののち、同動物園飼育課 長。以後、多摩動物公園園長、上野動物園園長、茨城県自然博 物館館長、財団法人日本博物館協会会長を歴任。
財団法人日 本動物愛護協会理事長をはじめ、動物や教育関連団体の理事・ 顧問等に携わる。動物をテーマにした著書も多数。

集団で「交流」する力をつける

 私たちは「人間」と「動物」を区別して考えがちです。生物が地球上に発生し、人間が誕生するまでに約 38 億年かかって いますが、その年月の動物の進化と人間の胎児の発育を見ていくと、プロセスがとても似ていることがわかります。生物学が発達したおかげで「人間は神の子で、そ の他の生物は人間のために存在する」と いう考えは間違いであるという科学的成果も得られました。
  現代の日本は、子どもたちにとって極めて不幸な時代です。児童虐待は、昨年は約4万6400件。これは過去最悪です。 また、2007年に国連児童基金(ユニセフ)による「子どもの『幸福度』に関する報告書」が発表されました。このなかで、 「自分は孤独だ」と感じている15歳の子どもたちは、日本を除く国々ではおよそ 5パーセントですが、日本だけが飛びぬけて約 30 パーセントもあります。日本は物質的にはたいへん豊かな国です。しかし孤独率が増加している。これは他者と付き合うことができない子どもたちの増加を表しています。
  人間も動物も、交流することを目的に集団化します。しかし現代の人間は、物理的には集まっていても、心理的には交流ができない。これは動物学的には解せません。群れを作る動物にとっては、交流が 絶対的な条件だからです。
  現在、政府は子ども手当を支給すると述べ、そこに何兆円もの予算を注ぎ込むとしています。総理大臣は「子どもは社会が育てるもの」といい、保育所を増やしたり産科医を増やしたりといった、セーフティーネットの社会基盤づくりも行われています。そのこと自体を私は悪いとは いいません。しかし、子どもが社会に出たときに上手に適応できるようなものでないと、成功とはいえないように感じるので す。しかも、女性を社会の労働力として期待しているに過ぎない施策のようにも 思えます。

本能で子育てするゴリラ

 昨年11月に上野動物園で、モモコというゴリラにメスの子どもが生まれました。モモコにとっては9年半前に出産して以来の2番目の子です。モモコは動物園で生まれ たため、成熟する過程で群れとしての修 練を経ていません。これが出産に際して一番の心配事でした。
  私は後日、ビデオで出産の様子を見たのですが、モモコは誰に教わるわけでもなく、産まれたばかりの子どもの耳、口、目、 鼻の穴、お尻などに詰まった羊水を、口をつけて吸い出していたのです。
  出産時には、臍帯と胎盤が一緒に出てくることがほとんどです。すると親が臍帯を噛み切って胎盤を食べてしまう。それは胎盤に含まれているホルモンが、泌乳を促すからです。もう一つの理由としては、胎盤を残してしまうと、子どもを生んだことを敵に知られてしまうからでもあります。これらのことを、育児知識も母ゴリラに教わったわけでもないのに、やりきったモモコにはあらためて感心しました。
  モモコは、子どもが生まれることによって、母性愛ホルモンが強力に出てきて、目の前にいる子は絶対的に自分がケアしなければならないと思ったのでしょう。そうでなければ、人間以外の動物は子育てをできません。
  ところが人間は、「村に産婦人科がな くなった」「この島には助産師がいない」と 出産・育児に不安を抱く。そういう整備をしなければ子どもを生んで育てられないとしたら、生物としては失格です。人間の歴史は600万年ですが、人間のお産の科学が発達したのは、この300年です。 医学の力を借りないとお産ができないのでは、本当の意味での生物的な伝承が断絶してしまいます。伝承を大事にしながら、現代に即した出産・育児を考えることが必要ではないでしょうか。

(情報誌「じどうかん」2010夏号より)


ともともと一緒に音あそび中川志郎さんの著書のご紹介:
動物の親子関係や本能がわかる『パンダは舐めて子を育てる』(ワック株式会社)

 

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