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子どもと向き合うプロフェッショナルとして、全力で楽しむ

「こどもまんなか社会」実現のため、子どもの声に耳を傾け大切にする児童館の役割は欠かせません。松山市北条児童センターの黒田 泰士(くろだ たいし)は、あらゆる子どもの声なき声を社会に伝えるため、多様なアイデアを用いて活動しています。全力で子どもに向き合う黒田が、児童厚生員としての想いを語ります。


児童館職員としてアンテナを張り、子どもの「声なき声」までをキャッチする


6614d77e-65996623▲シールを貼って意思表示をするアンケート調査。「こども参画プロジェクト Im@Junior(いま・ジュニア)」の様子


「来館する子どもにアンテナを張っていると、『いつもと様子が違うな』と感じることがあるんですね。この業界に携わる人ならなんとなくわかると思いますが、『強(あなが)ち間違ってはいない勘』っていうやつです(笑)。そして、さりげなくスーッと近くに寄って、『ちょっと今日、いつもと違うように見えるんやけど、なんかあったんやろ?』と。相談窓口を設けるのではなく、身近に接して日常的に子どもの声を聴くことが、児童館職員としての大切な役割だと実感しています」


児童厚生員となった2009年以来、黒田は自身の役割について常に考えながら、子どもと向き合い続けています。


ー「赤ちゃん、障がいのある子、人前で話すのが苦手な子。さまざまな理由で声を上げられない子どもの想いや意見を聴ける可能性と、それを具現化していくスキルが児童館にはある。私たちはいろんな手法を用いて、子どもの『声なき声』までをキャッチして、行政や関連機関に伝えることができる唯一無二の存在だと考えています」


黒田が所属する北条児童センターでは、子どもの声を聴くためにユニークな取り組みも行っています。たとえば、該当する答えにシールを貼るだけで意思を示すことのできるアンケート調査。意見を声に出さなくても、自分の気持ちに一致する答えにシールを貼るだけで想いを伝えることができ、幅広い年齢の子どもが参加できます。このアンケートにより、児童館に変化が起こりました。


たとえば以前、北条児童センターでは、館内すべてのおもちゃを事務室で貸し出していました。ところが、おもちゃで遊ぶ部屋と事務室が離れているため、その都度館内を往復しなければならず、子どもや保護者の負担になっていました。そこで、おもちゃを部屋に常設し、来館者同士が自由にシェアできる『フリー利用』にしてみてはどうかと考えた黒田は、子どもたちにアンケートをとってみることにしたそうです。


「おもちゃをフリー利用にしたら、ルールを守って楽しく遊べますか?」との問いに、圧倒的に「はい」の答えが多く返ってきたことから、従来の仕組みを大きく変更することに。フリー利用の導入後は、「自由だからこそ、気を付けなければならないこと」を子ども自身が自然と意識できるようになったと言います。


「“フリー利用”の発想は、『部品が紛失するから』、『片付けしない子がいたら困るから』などといった、大人の先入観こそが阻害要因だったと気づかされました。短絡的に聞こえるかもしれませんが、もし部品がなくなったのならみんなで一緒に探せばいいし、片付けができない子がいたら『後に使う人はどう思うかな』って問いかけながら手伝ってあげたらいいんです。そうした機会を大切にして、ケースバイケースで関わり続けていくことが私たちの真の役割だと思います。子どもの意見を聴いてみて、積極的に取り入れてみる。いろいろなことが変わるきっかけになっています」


憧れだったベストに袖を通して、子どものころに児童館からもらったものを返していきたい


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▲児童館がない地域に出張して遊びを提供する「移動児童館」 の様子

子どもの声を児童館運営に活かしながら、黒田は数々のイベントを企画してきました。児童館を日ごろから利用する母親を講師に招いた子育て支援講座や、地域の高校生が小学生の指導役となる書き初め大会など、イベントのジャンルも多岐に渡ります。児童館の子どもたちにさまざまな経験をしてもらいたい、という黒田の想いの裏には、自身が子どものころに得た児童館での経験に関係があると語ります。

黒田が児童館を知ったのは小学生のころ。妹がお世話になっていた児童発達支援センターの先生が児童館へ異動すると聞き、家族で遊びに行ったのがきっかけでした。


ー「その先生は、『やりたいと思ったことはとにかくなんでもやってみろ!』という方で、良い意味で好き放題させてくれる方でした。無人島でキャンプしたり、約70kmもあるしまなみ海道を自転車で往復したり。自分の周りでそういう経験をしている同級生は誰もいませんでした。気がつくと児童館の存在が自分の中で大きなウエイトを占めていて、知らないうちに『児童館っ子』になっていてどっぷり染まっていました(笑)。今の自分がいるのは児童館のおかげですね」


やがて、イベントへの参加だけではなく、児童館のボランティアメンバーとして運営のお手伝いをしたり、老人ホームを訪問したりするなど、活動の幅はさらに広がります。卒館し、大学生になってからは、警察官を夢見て公務員講座を受講しながらも児童館に関わり続けていました。


警察官採用試験にも合格して、いよいよ警察官になれる!という時のこと。お手伝い先の児童館の館長から、「人手が足らず困っている、児童館職員にならないか」と声をかけられます。その時は素直にありがたいお話だと感じた、と黒田さん。自分の夢がかなう目前での誘いに大いに悩んだと言います。


「まさかこのタイミングで誘われるとは思ってもいなくて (笑)。でも、なんとなく児童館の職員になれたらいいなという想いはずっと頭の片隅にありました。じっくり考えて、今まで自分がお世話になった児童館の方々とのつながりや、ありがたいお話をいただけたことにご縁を感じて、思い切ってこの世界に飛び込むことにしたんです。

当時、松山の児童館職員は赤いベストを着ていたんですが、そのベストに袖を通した時は鳥肌が立ちましたね。今でも忘れられない瞬間です。『今日からは来館者を受け入れる立場。自分が培われてきた児童館でのさまざまな経験を、今後は子どもたちにフィードバックしていきたいと強く感じたのを覚えています」


子どもと向き合うプロフェッショナルとして、全力で楽しみ、地道に努力を積み重ねる


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▲毎年黒田が本気で鬼の仮装をする「鬼は外!〇〇は内っ!!総力祭」の様子


黒田はこれまで松山市内の4つの児童館で勤務してきましたが、来館する子どもの年齢層や求められるニーズは地域によりさまざまだと言います。地域ごとに異なる環境を客観的に見ることで課題点を把握し、その地域に馴染む児童館運営を行うために、黒田はあることに必ず取り組んでいるそうです。


ー「児童館に赴任したら、まず近隣の環境を確かめるため、必ず『散歩』します。とにかく自分の足で児童館の近所を歩き回る。すると、地域行事の貼り紙が目に留まったり、子どもがここを通るのはあまりオススメできないなぁと気づいたり。歩くだけですが、本当にたくさんの発見があります。ご近所の方とお話する機会があれば、『児童館に新しく赴任してきたので、何かあれば声をかけてくださいね』と対面での関係を築いて、地域に自分が馴染んでいくことを大切にしています」


子どもと向き合うプロフェッショナルとして、子育てに関する情報を発信するなど、知識のインプットやアウトプットも惜しむことなく地道に行なってきた黒田。「児童館職員に必要なスキル」とは一体どのようなものなのでしょうか。


ー「とにかく楽しむこと!なぜかというと、子どもに遊びを提供する私たちが楽しめない遊びって、子どもにとってもおもしろくないんですよね。自分の仕事に愛情を持って続けていくためには、心からその仕事が楽しいって思えないと。専門的な知識や技術は、実際に働き始めてから現場のチームが支え合って身につければ良いんです。私たちの想いが子どもに伝わり、『また来るけんね! 』と言ってもらえた時は本当に嬉しいです」


 


児童館が居場所となり、そこでの経験が子どもたちの夢につながることをめざして


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▲子どもたちが紙製のトンボを飛ばす「かみコプター選手権」の様子


ー「子どもは未来のニッポンを背負い、担っていく世代。とにかく夢を持ち続け、追いかけていってほしいと思います。夢に向かう途中で、失敗や挫折を味わうこともきっとあるでしょう。何かがきっかけになって、夢が変わっても全然いい。でも将来、みんなには『この仕事に就けて良かった』と胸を張って言える大人になってもらいたい。今、僕は警察官にはなっていませんが、児童厚生員として働けていることに誇りを持っています。

来館する子どもが、『児童館の職員になりたい』と言ってくれた時は素直に嬉しいですね。ここでの経験で楽しいことがあって、やりたいことがさらに生まれて夢を持ってくれたのだと思うので。世の中には数えきれないほどの仕事があります。たとえ、その子の夢が児童館職員ではなかったとしても、児童館での経験が夢を追い続ける原動力となればと心から願っています」


また、地域に求められる運営、地域に合わせた居場所をつくり続けたいとも語ります。


ー「もちろん、遊びやイベントが目的で児童館に来てくれてもいいし、何もしなくても、『あそこにいくと誰かがいて、自分の居場所がある』と感じてもらえる場所でありたいと思います。自分にとっての児童館がそうでした。ずっと同じ運営を続けていては、時代に即した存在にはなれない。でも、その地域で醸成されてきた不変的なものも守り続けなきゃならない。多様化・複雑化するニーズをつかむ高精度のアンテナを張って、現場の児童厚生員と協力しながら『こどもまんなか社会』の実現につなげていきたい。これが将来の展望です」



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※全国各地の児童館職員のストーリーは「talentbook」でもご覧いただけます。
 児童健全育成指導士等上位資格取得者、児童健全育成賞(數納賞)入賞者、児童館推進団体役員、   
 または被推薦者等から、地域性を考慮して選出された方をご紹介しています。

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